ゆるい髪の毛を肩で揺らしながら、彼女は『ROUND360MAX』へ入っていく。
彼女もこのイベントに?
だがどう想像力を働かせてみても、彼女にコスプレは似合わない。
二度ほど、聡と言葉を交わす彼女の姿をみかけたが、けっこう気の強い少女のようだ。聡に聞いた話だと、唐渓に通う生徒らしく、気位も高いらしい。
地上何階建てだろうか? 一階から最上階まで、すべてをコスプレイベントが占めているワケではないだろう。他の用事で入ったのかもしれない。
彼女がこの近くにいるのなら、ひょっとしたら聡も?
そう思って辺りを見渡したが、見えるのは青やら赤やらの髪の毛ばかり。
別に聡に会いたいワケじゃない。
今日も煩熱の滞る東京。気の遠くなりそうな灼熱の中で、陽炎だけが勢いよく立ち上る。
軽く頭を振り、今度こそその場へ背を向けた。
「さすがに外国人が多いなぁ〜」
ゾロゾロと観光バスに乗り込む西洋人を見ながら、泰啓は片手を目の上に持っていく。
今日も天気は抜群だ。
目的の空手は昨日だったから、今日は特に予定もない。だがせっかくだからということで、二人で京都観光へと繰り出した。
そこに茹だるような、この暑さ。
「どっかに入って、一休みしよう」
早々に降参し、休み処を探す。だが考えるコトはみな同じなのか、どこも人でいっぱいだ。
平日の月曜日だが、やはり夏休み。
大学生らしい男性や女性で溢れている。この暑い中、腕を組む男女には苦笑する。
美鶴、どうしてっかな?
ふと呆ける聡の態度は、この暑さのせいだと悟ったのだろうか?
「おっ あそこでカキ氷を売ってるぞ。食べるか?」
まるで子供のように声をあげる義父に、聡は黙って頷いた。
本当にこの人は気が効く。そこまで気を使って、疲れないんだろうか?
「何がいい?」
「あー… イチゴ」
聡もさすがに参っている。
カキ氷でも買って、いっそのこと地下街にでも下りた方がいいだろう。このままだと熱中症で倒れてしまいそうだ。
たしか、地下鉄の出入り口はあっちだったな?
そう首を巡らせた。
その間に泰啓が、両手にカキ氷を持って戻ってくる。
「早く食べないと溶けちまうな」
そう言って、イチゴのカキ氷を差し出す。
「………… どうした?」
だが聡の耳には、泰啓の言葉など届いていない。
泰啓の声も、そばでケラケラ笑う女性たちの声も、煩い蝉の鳴き声も、遠くでツアーの説明をしている外国人の声も聞こえない。
時が止まったかのような、固まった世界。その世界の中で、熱気に立ち上る陽炎だけが、ゆらゆらと笑うように揺れている。
陽炎の先で、少し痩せ気味の肌が涼し気に光る。
背中に流れる薄い茶色の髪も、まるで涼を辺りに振り撒くかのごとく、軽やかだ。
霞流慎二。
こんなところでその姿に出会うとは―――――
女性なら誰もが足を止め、魅入ってしまうその物腰。その立ち振る舞いに人を惹きつける品格があるのは、癪だが認めよう。
だが今、聡が瞠目しているのは、そんな理由などではない。
揺れながら世界を歪める陽炎の、その向こう。まるで聡の視界から、その世界を隠そうとしているかのような、邪魔くさい揺らぎ。
その揺らぐ世界の中で、なぜ?
なぜ? どうして? どうして隣に ―――――っ!
隣に美鶴がいるんだよぉぉぉっ!
------------ 第4章 男ゴコロ [ 完 ] ------------
|