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【アラベスク】  第4章 男ゴコロ



第4節 陽炎の揺らぎ [2]




 ゆるい髪の毛を肩で揺らしながら、彼女は『ROUND360MAX』へ入っていく。
 彼女もこのイベントに?
 だがどう想像力を働かせてみても、彼女にコスプレは似合わない。
 二度ほど、聡と言葉を交わす彼女の姿をみかけたが、けっこう気の強い少女のようだ。聡に聞いた話だと、唐渓に通う生徒らしく、気位も高いらしい。
 地上何階建てだろうか? 一階から最上階まで、すべてをコスプレイベントが占めているワケではないだろう。他の用事で入ったのかもしれない。
 彼女がこの近くにいるのなら、ひょっとしたら聡も?
 そう思って辺りを見渡したが、見えるのは青やら赤やらの髪の毛ばかり。
 別に聡に会いたいワケじゃない。
 今日も煩熱(はんねつ)(とどこお)る東京。気の遠くなりそうな灼熱の中で、陽炎(かげろう)だけが勢いよく立ち(のぼ)る。
 軽く頭を振り、今度こそその場へ背を向けた。





「さすがに外国人が多いなぁ〜」
 ゾロゾロと観光バスに乗り込む西洋人を見ながら、泰啓(やすみち)は片手を目の上に持っていく。
 今日も天気は抜群だ。
 目的の空手は昨日だったから、今日は特に予定もない。だがせっかくだからということで、二人で京都観光へと繰り出した。
 そこに()だるような、この暑さ。
「どっかに入って、一休みしよう」
 早々に降参し、休み処を探す。だが考えるコトはみな同じなのか、どこも人でいっぱいだ。
 平日の月曜日だが、やはり夏休み。
 大学生らしい男性や女性で溢れている。この暑い中、腕を組む男女には苦笑する。
 美鶴(みつる)、どうしてっかな?
 ふと呆ける聡の態度は、この暑さのせいだと悟ったのだろうか?
「おっ あそこでカキ氷を売ってるぞ。食べるか?」
 まるで子供のように声をあげる義父に、聡は黙って頷いた。
 本当にこの人は気が効く。そこまで気を使って、疲れないんだろうか?
「何がいい?」
「あー… イチゴ」
 聡もさすがに参っている。
 カキ氷でも買って、いっそのこと地下街にでも下りた方がいいだろう。このままだと熱中症で倒れてしまいそうだ。
 たしか、地下鉄の出入り口はあっちだったな?
 そう首を巡らせた。
 その間に泰啓が、両手にカキ氷を持って戻ってくる。
「早く食べないと溶けちまうな」
 そう言って、イチゴのカキ氷を差し出す。
「………… どうした?」
 だが聡の耳には、泰啓の言葉など届いていない。
 泰啓の声も、そばでケラケラ笑う女性たちの声も、(うるさ)い蝉の鳴き声も、遠くでツアーの説明をしている外国人の声も聞こえない。
 時が止まったかのような、固まった世界。その世界の中で、熱気に立ち上る陽炎(かげろう)だけが、ゆらゆらと笑うように揺れている。
 陽炎の先で、少し痩せ気味の肌が涼し気に光る。
 背中に流れる薄い茶色の髪も、まるで涼を辺りに振り撒くかのごとく、軽やかだ。

 霞流(かすばた)慎二(しんじ)
 こんなところでその姿に出会うとは―――――

 女性なら誰もが足を止め、魅入ってしまうその物腰。その立ち振る舞いに人を惹きつける品格があるのは、癪だが認めよう。
 だが今、聡が瞠目しているのは、そんな理由などではない。
 揺れながら世界を歪める陽炎の、その向こう。まるで聡の視界から、その世界を隠そうとしているかのような、邪魔くさい揺らぎ。
 その揺らぐ世界の中で、なぜ?

 なぜ? どうして? どうして隣に ―――――っ!

 隣に美鶴がいるんだよぉぉぉっ!


------------ 第4章 男ゴコロ [ 完 ] ------------





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